令和6年-問49 基礎知識 一般知識Ⅱ
Lv3
問題 更新:2025-01-10 01:12:25
日本円の外国為替に関する次の記述のうち、妥当なものはどれか。
- 1931年に金輸出が解禁されて金本位制に基づく日米英間の金融自由化が進み、ソ連・中国・ドイツの統制経済圏を包囲する自由経済圏が成立した。
- 1949年に1ドル=360円の単一為替レートが設定されたが、ニクソンショックを受けて、1971年には1ドル=308円に変更された。
- 1973年には固定相場制が廃止され、変動相場制に移行したため、その後の為替レートは、IMF(国際通貨基金)理事会で決定されている。
- 1985年のいわゆるレイキャビック合意により、合意直前の1ドル=240円から、数年後には1ドル=120円へと、円安ドル高が起きた。
- 2014年には、「戦後レジーム(ワシントン・コンセンサス)を取り戻す」ことを目指した通称「アベノミクス」により、1ドル=360円になった。
正解 2
解説
1931年に金輸出が解禁されて金本位制に基づく日米英間の金融自由化が進み、ソ連・中国・ドイツの統制経済圏を包囲する自由経済圏が成立した。 1.妥当でない
1930年金輸出解禁(金解禁)実施
金輸出解禁を実施することで、外国為替相場を安定させ、輸出の増大を図ることができると考えられた。しかし、円の国際的信用を落としたくないという配慮から旧平価(金輸出禁止前の相場)で解禁したため、実際は円安だったのに実質的に円高となってしまい、さらに輸出には不利な状況となった。加えて、1929年10月のニューヨーク・ウォール街の株価暴落にはじまる世界恐慌の波が、解禁実施直後の日本経済にも及んだため、輸出不振がいっそう強まった。
これらの原因により昭和恐慌を招き、金輸出解禁(金解禁)は失敗となった。
1931年金輸出再禁止実施
世界恐慌により各国が金輸出を禁止していたことをうけての措置。
その後各国とともに金本位体制を停止し、世界経済は管理通貨制度の時代へと移行していく。
1949年に1ドル=360円の単一為替レートが設定されたが、ニクソンショックを受けて、1971年には1ドル=308円に変更された。 2.妥当である
戦後1ドルを360円に固定されていた円相場は、ニクソンショックをきっかけに1ドル308円に切り上げられた。
ニクソンショックとは、1971年にアメリカのニクソン大統領が金とアメリカドルの交換停止を含む一連の経済政策を電撃的に発表した出来事である。
それまでの世界経済はアメリカドルを基軸とする金本位制の固定相場制で、日本円も1ドル360円に固定されていた。しかしベトナム戦争による軍事費拡大などが原因でアメリカ財政が悪化し金が国外へ流出、ドルとの交換ができなくなったことから金とアメリカドルの兌換停止宣言が発表され、これ以降日本を含め世界経済は変動相場制となった。
1973年には固定相場制が廃止され、変動相場制に移行したため、その後の為替レートは、IMF(国際通貨基金)理事会で決定されている。 3.妥当でない
前半は妥当だが、後半は妥当でない。
変動相場制とは、各国の通貨相互相場の価値が、外国為替市場の需要と供給の関係によって決定される制度を指し、外国為替市場で、自国通貨の売りが増えれば、自国通貨の対外価値は下がり、逆に外貨の売りが増えれば、自国通貨の対外価値は上昇する。
為替レートは、需要と供給のバランスで決まるので、IMF(国際通貨基金)理事会で決定されるわけではない。
1985年のいわゆるレイキャビック合意により、合意直前の1ドル=240円から、数年後には1ドル=120円へと、円安ドル高が起きた。 4.妥当でない
1985年のプラザ合意により、円高ドル安が起きた。
プラザ合意とは、1985年、過度なドル高の是正のためG5各国によってなされた合意である。
これを機に、円高が急速に進むと、輸出に依存した日本経済は大きな打撃を受けた。円高の影響を回避するために、多くの工場が海外に移され、産業の空洞化に対する懸念が生じた。これに対して日銀が金融緩和政策をとったため、金利が大きく低下し、企業は資金融資が受けやすくなった結果、余剰資金が生まれた。潤沢な資金を得た企業は本業への投資ではなく土地や株式を投機的に売買し利益を得るようになり、実体を伴わないまま泡が膨らむようにあらゆる資産価格が上昇し好景気の状態、いわゆるバブル景気が作り出された。
その後、日本銀行が金融引締めに転じ、また地価税が導入された。そして、株価や地価は低落し始め、バブル経済は崩壊、平成不況に突入することとなった。
2014年には、「戦後レジーム(ワシントン・コンセンサス)を取り戻す」ことを目指した通称「アベノミクス」により、1ドル=360円になった。 5.妥当でない
「アベノミクス」とは、2012年12月より始まった第2次安倍内閣において安倍首相が表明した大幅な金融緩和、大型公共事業を中心とした財政拡大、民間投資を引き出す成長戦略の<3本の矢>を柱とする経済政策のことである。したがって、「戦後レジームを取り戻す」ことは目指していない。
なお、第1次安倍内閣において「戦後レジームからの脱却、日本を取り戻す」というキャッチコピーがあった。
また、2014年の米ドル対円レートは、101円台~121円台で推移し、1ドル360円になった事実はない。