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令和2年-問49 一般知識等 経済

Level3

問題 更新:2021-01-11 12:03:43

日本のバブル経済とその崩壊に関する次の文章の空欄[ Ⅰ ]~[ Ⅴ ]に当てはまる語句の組合せとして、妥当なものはどれか。

1985年のプラザ合意の後に[ Ⅰ ]が急速に進むと、[ Ⅱ ]に依存した日本経済は大きな打撃を受けた。[ Ⅰ ]の影響を回避するために、多くの工場が海外に移され、産業の空洞化に対する懸念が生じた。

G7諸国の合意によって、為替相場が安定を取り戻した1987年半ばから景気は好転し、日本経済は1990年代初頭まで、平成景気と呼ばれる好景気を持続させた。[ Ⅲ ]の下で調達された資金は、新製品開発や合理化のための投資に充てられる一方で、株式や土地の購入にも向けられ、株価や地価が経済の実態をはるかに超えて上昇した。こうした資産効果を通じて消費熱があおられ、高級品が飛ぶように売れるとともに、さらなる投資を誘発することとなった。

その後、日本銀行が[ Ⅳ ]に転じ、また[ Ⅴ ]が導入された。そして、株価や地価は低落し始め、バブル経済は崩壊、平成不況に突入することとなった。

1. 円安外需低金利政策金融引締め売上税
2. 円安輸入財政政策金融緩和売上税
3. 円高輸出低金利政策金融引締め地価税
4. 円高外需財政政策金融緩和売上税
5. 円高輸入高金利政策金融引締め地価税
  解答&解説

正解 3

解説

プラザ合意

1985年、過度なドル高の是正のためG5各国によってなされた合意。日本はドル高の修正により円高が急速に進行し、輸出が減少したため、国内景気は低迷することとなった。

G7諸国の合意(ルーブル合意)

1987年、過度なドル安の進行を防止するべく、G7(G5+カナダ、イタリア)によってなされた合意。ルーブル合意以降、為替相場は総じて安定したが、円高不況に対する懸念から、日本銀行は低金利政策を継続した。企業が円高メリットを享受し始めたこともあり、国内景気は回復に転じた。
しかしその後、低金利局面と金融機関による過度の貸出が過剰流動性を招き、不動産・株式などの資産価格が高騰、いわゆるバブル景気が起きた。

日本銀行の金融引締め

1990年前後、日本銀行はバブル景気による異常な投機を抑制するため金融引締めに方針転換した。

地価税

1991年、土地投機取引による異常な地価高騰を抑制する目的で地価税が導入された。
なお地価税は、バブル崩壊以後、日本の土地に対する需要は低迷しており、地価の急激な上昇はないとの見込みから、1998年より当分の間課税されないこととなった。


空欄に補充した文章は、つぎのとおり。

1985年のプラザ合意の後に[Ⅰ:円高]が急速に進むと、[Ⅱ:輸出]に依存した日本経済は大きな打撃を受けた。[Ⅰ:円高]の影響を回避するために、多くの工場が海外に移され、産業の空洞化に対する懸念が生じた。

G7諸国の合意によって、為替相場が安定を取り戻した1987年半ばから景気は好転し、日本経済は1990年代初頭まで、平成景気と呼ばれる好景気を持続させた。[Ⅲ:低金利政策]の下で調達された資金は、新製品開発や合理化のための投資に充てられる一方で、株式や土地の購入にも向けられ、株価や地価が経済の実態をはるかに超えて上昇した。こうした資産効果を通じて消費熱があおられ、高級品が飛ぶように売れるとともに、さらなる投資を誘発することとなった。

その後、日本銀行が[Ⅳ:金融引締め]に転じ、また[Ⅴ:地価税]が導入された。そして、株価や地価は低落し始め、バブル経済は崩壊、平成不況に突入することとなった。

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