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平成27年-問6改題 憲法 司法

Lv3

問題 更新:2023-11-14 16:53:25

司法権の限界に関する次の記述のうち、最高裁判所の判例の趣旨に照らし、妥当でないものはどれか。

  1. 具体的な権利義務ないしは法律関係に関する紛争であっても、信仰対象の価値または教義に関する判断が前提問題となる場合には、法令の適用による解決には適さず、裁判所の審査は及ばない。
  2. 大学による単位授与行為(認定)は、純然たる大学内部の問題として大学の自律的判断にゆだねられるべきものであり、一般市民法秩序と直接の関係を有すると認めるにたる特段の事情がない限り、裁判所の審査は及ばない。
  3. 衆議院の解散は高度の政治性を伴う国家行為であって、その有効無効の判断は法的に不可能であるから、そもそも法律上の争訟の解決という司法権の埒外にあり、裁判所の審査は及ばない。
  4. 政党の結社としての自律性からすると、政党の党員に対する処分は原則として自律的運営にゆだねるべきであり、一般市民法秩序と直接の関係を有しない内部的問題にとどまる限りは、裁判所の審査は及ばない。
  5. 地方議会議員の出席停止の懲罰は、議会の自律的な権能に基づいてされたものとして、議会に一定の裁量が認められるべきとはいえ、裁判所の審査は常に及ぶ。
  解答&解説

正解 3

解説

具体的な権利義務ないしは法律関係に関する紛争であっても、信仰対象の価値または教義に関する判断が前提問題となる場合には、法令の適用による解決には適さず、裁判所の審査は及ばない。 1.妥当である。

国は宗教上の争いについては中立を守るべきである。
この点、判例は「本件訴訟は、具体的な権利義務ないし法律関係に関する紛争の形式をとっており、その結果信仰の対象の価値又は宗教上の教義に関する判断は請求の当否を決するについての前提問題であるにとどまるものとされてはいるが、本件訴訟の帰すうを左右するものと認められ、また、・・・本件訴訟の争点及び当事者の主張立証も右の判断に関するものがその核心となっていると認められることからすれば、結局本件訴訟は、その実質において法令の適用による終局的な解決の不可能なものであって、裁判所法3条にいう法律上の争訟にあたらない(板まんだら事件:最判昭和56年4月7日)」としている。

大学による単位授与行為(認定)は、純然たる大学内部の問題として大学の自律的判断にゆだねられるべきものであり、一般市民法秩序と直接の関係を有すると認めるにたる特段の事情がない限り、裁判所の審査は及ばない。 2.妥当である。

いわゆる部分社会の法理の問題である。

判例は「単位授与(認定)行為は、他にそれが一般市民法秩序と直接の関係を有するものであることを肯認するに足りる特段の事情のない限り、純然たる大学内部の問題として、大学の自主的、自律的な判断に委ねられるものであって、裁判所の司法審査の対象にはならない。(最判昭和52年3月15日)」としている。
つまり、大学内部という部分社会の問題と捉えているのである。

衆議院の解散は高度の政治性を伴う国家行為であって、その有効無効の判断は法的に不可能であるから、そもそも法律上の争訟の解決という司法権の埒外にあり、裁判所の審査は及ばない。 3.妥当でない。

本事例は、苫米地事件(最大判昭和35年6月8日)を題材にしている。

衆議院の解散の法律上無効となることを前提として、衆議院議員の歳費の支払を請求する訴訟である。

判例は「直接国家統治の基本に関する高度に政治性のある国家行為のごときはたとえそれが法律上の争訟となり、これに対する有効無効の判断が法律上可能である場合であっても、かかる国家行為は裁判所の審査権の外にあり(苫米地事件:最大判昭和35年6月8日)」としている。

政党の結社としての自律性からすると、政党の党員に対する処分は原則として自律的運営にゆだねるべきであり、一般市民法秩序と直接の関係を有しない内部的問題にとどまる限りは、裁判所の審査は及ばない。 4.妥当である。

政党という部分社会の問題である。

判例は「右のような政党の結社としての自主性にかんがみると、政党の内部的自律権に属する行為は、法律に特別の定めがない限り尊重すべきであるから、政党が組織内の自立的運営として党員に対してした除名その他の処分の当否については、原則として自律的な解決に委ねるのを相当とし、したがって、政党が党員に対してした処分が一般市民法秩序と直接の関係を有しない内部的な問題にとどまる限り、裁判所の審判権は及ばない(最判昭和63年12月20日)」としている。

つまり、自律性が原則として尊重され、例外的に政党が党員に対してした処分が一般市民法秩序と直接の関係を有する場合には、裁判所の審判権が及ぶとするものである。

地方議会議員の出席停止の懲罰は、議会の自律的な権能に基づいてされたものとして、議会に一定の裁量が認められるべきとはいえ、裁判所の審査は常に及ぶ。 5.妥当である。

地方議会議員の出席停止処分についてこれまでの判例(地方議会議員出席停止事件:最大判昭和35年10月19日)では、司法権の限界の1つである部分社会の法理により司法判断の対象とならないとされていたが、それが60年ぶりに変更され「普通地方公共団体の議会の議員に対する出席停止の懲罰の適否は、司法審査の対象となるというべきである(最大判令和2年11月25日)」とされた。
その理由として、「出席停止の懲罰は、・・・公選の議員に対し、議会がその権能において科する処分であり、これが科されると、当該議員はその期間、会議及び委員会への出席が停止され、議事に参与して議決に加わるなどの議員としての中核的な活動をすることができず、住民の負託を受けた議員としての責務を十分に果たすことができなくなる。
このような出席停止の懲罰の性質や議員活動に対する制約の程度に照らすと、これが議員の権利行使の一時的制限にすぎないものとして、その適否が専ら議会の自主的、自律的な解決に委ねられるべきであるということはできない。
そうすると、出席停止の懲罰は、議会の自律的な権能に基づいてされたものとして、議会に一定の裁量が認められるべきであるものの、裁判所は、常にその適否を判断することができるというべきである」としている。

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