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平成24年-問41 多肢選択式 憲法

Level3

問題 更新:2018-07-13 18:12:00

次の文章は、公教育をめぐる2つの対立する考え方に関する最高裁判所判決の一節(一部を省略)である。空欄[ ア ]~[ エ ]に当てはまる語句を、枠内の選択肢(1~20)から選びなさい。

一の見解は、子どもの教育は、親を含む国民全体の共通関心事であり、公教育制度は、このような国民の期待と要求に応じて形成、実施されるものであつて、そこにおいて支配し、実現されるべきものは国民全体の教育意思であるが、この国民全体の教育意思は、憲法の採用する議会制民主主義の下においては、国民全体の意思の決定の唯一のルートである国会の法律制定を通じて具体化されるべきものであるから、法律は、当然に、公教育における[ ア ]についても包活的にこれを定めることができ、また、教育行政機関も、法律の授権に基づく限り、広くこれらの事項について決定権限を有する、と主張する。これに対し、他の見解は、子どもの教育は、憲法二六条の保障する子どもの教育を受ける権利に対する責務として行われるべきもので、このような責務をになう者は、親を中心とする国民全体であり、公教育としての子どもの教育は、いわば親の教育義務の共同化ともいうべき性格をもつのであつて、それ故にまた、教基法*一〇条一項も、教育は、国民全体の信託の下に、これに対して直接に責任を負うように行われなければならないとしている、 したがつて、権力主体としての国の子どもの教育に対するかかわり合いは、右のような国民の教育義務の遂行を側面から助成するための[ イ ]に限られ、子どもの[ ア ]については、国は原則として介入権能をもたず、教育は、その実施にあたる教師が、その[ ウ ]としての立場から、国民全体に対して教育的、文化的責任を負うような形で、・・・決定、遂行すべきものであり、このことはまた、憲法二三条における学問の自由の保障が、学問研究の自由ばかりでなく、[ エ ]をも含み、[ エ ]は、教育の本質上、高等教育のみならず、普通教育におけるそれにも及ぶと解すべきことによつても裏付けられる、と主張するのである。

(最大判昭和51年5月21日刑集30巻5号615頁)

  1. 初等教育
  2. 教科書検定
  3. 諸条件の整備
  4. 教授の自由
  5. 教育公務員
  6. 第三者
  7. 教科用図書
  8. 学習指導要領
  9. 教育専門家
  10. 教育の内容及び方法
  11. 研究者
  12. 管理者
  13. 中等教育
  14. 学習権
  15. 懲戒権
  16. 私立学校の自治
  17. 大学の自治
  18. 公の支配
  19. 職務命令
  20. 指揮監督

(注)* 教育基本法

  解答&解説

正解

10
3
9
4

解説

各空欄はエを除いて憲法上の重要単語とはいえないため、前後の文脈、全体の趣旨等による文章理解力的な解き方となる。
もっともその前提として抜粋部分からこれが何の判例か判断できて、かつ、判例全体の概要を掴んでいないと3/4以上の正解にたどり着くのは難しい。
以下、その概要を説明しておく。

当該判例(最大判昭和51年5月21日)は、旭川学テ事件と呼ばれるものであり、全国中学校一斉学力調査テスト(学テ)に対して反対する労組役員が旭川市の中学校で実力阻止行動をとって公務執行妨害等で起訴された事件である。
被告の主張は、学テは違法であるから公務執行妨害は成立しないというものであったが、その判断をする前提として教育権の帰属は誰にあるのかが問題となった。
それまで教育権の帰属については、家永教科書裁判を中心にして国家に帰属するという国家教育権説と、親を中心とした国民に帰属する(よって、教師は教授の自由がある)という国民教育権説が激しく対立していた。
本問の判例抜粋部分は、このことを説明すべく前半(一の見解~と主張する。)は国家教育権説について書かれており、後半(これに対し~と主張するのである。)は国民教育権説について書かれている。
そして、判例は続けて「二つの見解はいずれも極端かつ一方的であり、そのいずれをも全面的に採用することはできない」とし、その中間的な折衷説を採用した。
すなわち、「親の教育の自由は、主として家庭教育等学校外における教育や学校選択の自由にあらわれるものと考えられるし、また、私学教育における自由や前述した教師の教授の自由も、それぞれ限られた一定の範囲においてこれを肯定するのが相当であるけれども、それ以外の領域においては、一般に社会公共的な問題について国民全体の意思を組織的に決定、実現すべき立場にある国は、国政の一部として広く適切な教育政策を樹立、実施すべく、また、しうる者として、憲法上は、あるいは子ども自身の利益の擁護のため、あるいは子どもの成長に対する社会公共の利益と関心にこたえるため、必要かつ相当と認められる範囲において、教育内容についてもこれを決定する権能を有する」としている。

以上を踏まえてもう一度問題を読み直してほしい。

空欄に補充した文章は、つぎのとおりである。

一の見解は、子どもの教育は、親を含む国民全体の共通関心事であり、公教育制度は、このような国民の期待と要求に応じて形成、実施されるものであつて、そこにおいて支配し、実現されるべきものは国民全体の教育意思であるが、この国民全体の教育意思は、憲法の採用する議会制民主主義の下においては、国民全体の意思の決定の唯一のルートである国会の法律制定を通じて具体化されるべきものであるから、法律は、当然に、公教育における[ア:教育の内容及び方法]についても包活的にこれを定めることができ、また、教育行政機関も、法律の授権に基づく限り、広くこれらの事項について決定権限を有する、と主張する。これに対し、他の見解は、子どもの教育は、憲法二六条の保障する子どもの教育を受ける権利に対する責務として行われるべきもので、このような責務をになう者は、親を中心とする国民全体であり、公教育としての子どもの教育は、いわば親の教育義務の共同化ともいうべき性格をもつのであつて、それ故にまた、教基法*一〇条一項も、教育は、国民全体の信託の下に、これに対して直接に責任を負うように行われなければならないとしている、 したがつて、権力主体としての国の子どもの教育に対するかかわり合いは、右のような国民の教育義務の遂行を側面から助成するための[イ:諸条件の整備]に限られ、子どもの[ア:教育の内容及び方法]については、国は原則として介入権能をもたず、教育は、その実施にあたる教師が、その[ウ:教育専門家]としての立場から、国民全体に対して教育的、文化的責任を負うような形で、・・・決定、遂行すべきものであり、このことはまた、憲法二三条における学問の自由の保障が、学問研究の自由ばかりでなく、[エ:教授の自由]をも含み、[エ:教授の自由]は、教育の本質上、高等教育のみならず、普通教育におけるそれにも及ぶと解すべきことによつても裏付けられる、と主張するのである。

(最大判昭和51年5月21日刑集30巻5号615頁)

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