会員登録で大量のオリジナル練習問題、一問一答、各種テストなどが使えます。問題数3000超。「道場生受験体験記」は必見です!

  1. 過去問
  2. 年度別
  3. 平成18年
  4. 問5

ご注意ください

※このページは本年度試験に対応していない場合があります。

このページの最終更新は2019年04月24日です。最終更新以降の修正は行いません。詳しくはこちらをご覧ください。

平成18年-問5 憲法 精神的自由

問題 更新:2019-04-24 17:41:21

次の文章は、表現と行為の関係に言及した、ある最高裁判所判決の一節である。これを読み、同様に純然たる意見表明ではない各種の行為に対して、判例が採っている考え方として誤っているものは、次の1~5のうちどれか。

憲法21条の保障する表現の自由は、民主主義国家の政治的基盤をなし、国民の基本的人権のうちでもとりわけ重要なものであり、法律によってもみだりに制限することができないものである。そして、およそ政治的行為は、行動としての面をもつほかに、政治的意見の表明としての面をも有するものであるから、その限りにおいて、憲法21条による保障を受けるものであることも、明らかである。

  1. 国家公務員法102条1項および人事院規則によって公務員に禁止されている政治的行為も多かれ少なかれ政治的意見の表明を内包する行為であるから、もしそのような行為が国民一般に対して禁止されるのであれば、憲法違反の問題が生ずる。
  2. 国家公務員法102条1項および人事院規則による公務員に対する政治的行為の禁止が、憲法上許容されるか否かを判断するにあたっては、禁止の目的、この目的と禁止される政治的行為との合理的関連性、政治的行為を禁止することにより得られる利益と禁止することにより失われる利益との均衡の三点から検討することが、必要である。
  3. 一般人の筆記行為の自由について、それが、さまざまな意見、知識、情報に接し、これを摂取することを補助するものとしてなされる限り、憲法21条の規定の精神に照らして十分尊重に値するが、表現の自由そのものとは異なるため、その制限や禁止に対し、表現の自由の場合と同等の厳格な基準は要求されない。
  4. 報道機関の報道行為は、民主主義社会において、国民が国政に関与するにつき、重要な判断の資料を提供し、国民の「知る権利」に奉仕するものであるから、思想の表明の自由とならんで、事実の報道の自由は、表現の自由を想定した憲法21条の保障のもとにある。
  5. 報道機関の報道が正しい内容をもつためには、報道のための取材行為も、憲法21条の規定の精神に照らし、十分尊重に値するから、報道の公共性や取材の自由への配慮から、司法記者クラブ所属の報道機関の記者に対してのみ法廷においてメモを取ることを許可することも、合理性を欠く措置とはいえない。

正解3

解説

本問は、行政書士予備校の解答速報にて正解が2、4、5で分かれ、結局多くの予備校が正解5という判断に至っているが、行政書士試験研究センターにて発表された正解は3である。
後でとってつけたようによく考えられた良問であるとか、それほど難しい問題ではないとかいう人もいるが、予備校講師陣が事後的に判例を見ながら長時間かけて解いても正解にたどりつけなかった事実が物語るように、奇問・悪問に属するというのが、普通の感覚であろう。
なお、本問は、本来、学習用としては改題すべきところもあるが、そのまま正解5として出版された当時の問題集等も多くあり、また、今もってなお不可思議な解説内容にしている過去問集が散見されるため、それらの書籍と道場を併用している方へ配慮して、あえて改題しないで掲載している。

まず、本問を解くにあたっては、その前提知識として、以下の内容を理解しておく必要がある。

表現の自由を支える価値としては、一般に「自己実現の価値」と「自己統治の価値」があげられる。

「自己実現の価値」個人が表現活動を通じて自己の人格を発展させる個人的価値
「自己統治の価値」表現活動によって個人が政治的意思決定に関与するという民主政に資する社会的価値

また、表現の自由で重要なのは、自己統治の価値であるため、同じ表現の自由で保障されるものでも、その保障の程度は、自己統治の価値を有するとして保障されるもの(政治的言論の自由など)は、自己実現の価値を有するとして保障されるもの(営利的言論の自由、筆記行為の自由など)より高くなると解される。

本問における判例を引用(猿払事件:最大判昭和49年11月6日)した文章は、問題を解くにあたって、必要不可欠なことが書かれている訳ではないが、このことを示唆するヒント的な役割として掲載したものと思われる。
では、この保障の程度の違いというのが、実際の判例ではどのような言葉の違いになって表れているかというと

「保障される」>「十分尊重に値いする」>「尊重されるべき(尊重に値し)」

という違いがあり、これらの言葉では、保障ないし尊重される度合いを分けて考える必要があるとされる(※1)。

そして、これらの前提知識を踏まえて、問題文を見ると肢3のみ保障ないし尊重される度合いが実際の判例とは異なっており、すなわち、肢3の問題文では、「尊重されるべき」という部分を「十分尊重に値する」に書き換えていることがわかる。
したがって、判例が採っている考え方として誤っているものは、3となる。

※平成18年度の行政書士試験委員である林知更助教授が共著となっている「憲法学の現代的論点」(安西文雄他共著368頁)では、「尊重されるべきである」とするレペタ訴訟判決と、「十分尊重に値する」という博多駅事件決定とは、どう違うのか。文言を素直に受けとめる限り、「十分尊重に値する」自由の方が、「尊重されるべき」自由より、憲法上の尊重の度合いが高いといえる。としている。

1.正しい。

「国公法102条1項及び規則によって公務員に禁止されている政治的行為も多かれ少なかれ政治的意見の表明を内包する行為であるから、もしそのような行為が国民一般に対して禁止されるのであれば、憲法違反の問題が生ずることはいうまでもない。」(猿払事件:最大判昭和49年11月6日)

2.正しい。

「公務員に対する政治的行為の禁止が右の合理的で必要やむをえない限度にとどまるものか否かを判断するにあたっては、禁止の目的、この目的と禁止される政治的行為との関連性、政治的行為を禁止することにより得られる利益と禁止することにより失われる利益との均衡の三点から検討することが必要である。」(猿払事件:最大判昭和49年11月6日)

3.誤り。

「筆記行為は、一般的には人の生活活動の一つであり、生活のさまざまな場面において行われ、極めて広い範囲に及んでいるから、そのすべてが憲法の保障する自由に関係するものということはできないが、さまざまな意見、知識、情報に接し、これを摂取することを補助するものとしてなされる限り、筆記行為の自由は、憲法21条1項の規定の精神に照らして尊重されるべきであるといわなければならない。裁判の公開が制度として保障されていることに伴い、傍聴人は法廷における裁判を見聞することができるのであるから、傍聴人が法廷においてメモを取ることは、その見聞する裁判を認識、記憶するためになされるものである限り、尊重に値し、故なく妨げられてはならないものというべきである。もっとも、・・・右の筆記行為の自由は、憲法21条1項の規定によって直接保障されている表現の自由そのものとは異なるものであるから、その制限又は禁止には、表現の自由に制約を加える場合に一般に必要とされる厳格な基準が要求されるものではないというべきである。」(レペタ事件:最大判平成元年3月8日)

4.正しい。

「事実の報道の自由は、表現の自由を規定した憲法21条の保障のもとにあることはいうまでもない。また、このような報道機関の報道が正しい内容をもつためには、報道の自由とともに、報道のための取材の自由も、憲法21条の精神に照らし、十分尊重に値するものといわなければならない。」(博多駅取材フィルム提出命令事件:最大判昭和44年11月26日)

5.正しい。

「報道機関の報道が正しい内容をもつためには、報道のための取材の自由も、憲法21条の規定の精神に照らし、十分尊重に値するものである・・・報道の公共性、ひいては報道のための取材の自由に対する配慮に基づき、司法記者クラブ所属の報道機関の記者に対してのみ法廷においてメモを取ることを許可することも、合理性を欠く措置ということはできない」(レペタ事件:最大判平成元年3月8日)

  1. 過去問
  2. 年度別
  3. 平成18年
  4. 問5

ページ上部へ